第1回グランプリ受賞者で、昨年12月にはシルフコミックスからデビュー単行本を刊行したばかりの熊辛さんへロングインタビューを実施! 応募作を描き上げるためのヒントになるお話をたくさん伺うことができました。
取材・文/門倉紫麻
熊辛さんデビュー作
『名もない歌を聴かせてよ』の
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「この子を動かしてみたいな」と思って初めて長い漫画を描いた
――第1回『シルフ創作カップル漫画大賞』グランプリの『名もない歌を聴かせてよ』は、もともとオリジナルの同人誌として描いたものだそうですね。
熊辛:はい。私にとっては2作目に描いた漫画です。2023年だったんですが、その半年くらい前に別の主人公で描いてやはりコミティアに同人誌を出していて、それが初めての漫画作品です。
――それまでは漫画を描いたことはなかったのですか?
熊辛:イラストや二次創作の1、2ページの漫画を気ままに描いてXに投稿したりはしていましたが、長い漫画は描いていませんでした。勢いで2作続けてわーっと描きました(笑)。原稿用紙の使い方もわかっていなくて、タチキリギリギリまでセリフが入っていたり、コマも詰め込んでいたりしましたね。
――なぜ長い漫画を描こうと思ったのでしょう。
熊辛:この子(最初の同人誌の主人公)を動かしてみたいな、と思うようになったんです。二次創作と違って自分が描かないと何も動かないんだなあ、と。ストーリーはなんとなく頭にあったので、とりあえず線を引けばコマになるかな?と思って描き始めました。今読み返すととても読めたものではないのですが……コマにはなりました(笑)。

――初めての作品を最後まで完成させること自体が難しいと思うのですが、途中でやめたくなったり、なかなか完成しなかったりはしませんでしたか?
熊辛:事前にコミティアに申し込んで、意図的に締め切りを作ってしまったんです。そこから原稿用紙ってどうやって使うんだろう?と調べながら描いていきました。コミティアのおかげで強制的に完成させられた感じです(笑)。
――キャラクターを動かしたくなった、ということは、熊辛さんは漫画を描く際にまずキャラクターから発想するのでしょうか。
熊辛:そうですね。キャラクターが先でストーリーは後からです。
――『名もない歌を聴かせてよ』は源吉のキャラクターが先にできて、弦乃は後からだったそうですね。
熊辛:源吉くんは、1作目の主人公の親友として既にいて。恋愛ものを描きたいと思っていたのですが、相手の子がいなかったんです。既に6人ぐらいいた自分のキャラクターの女の子たちは、源吉の相手としてはしっくりこなくて……しっくりくる子ができるまでは無理に出発せずに待とう、と。そうしている間に、自分の好きを詰め込んで落書きみたいに描いたのが弦乃でした。まだ名前はなかったんですが、孤独な少女で、ギターだけが自分を表現できるもので……という設定はできていました。
――弦乃なら源吉と合う、となぜわかったのでしょうか。源吉とキャラクターたちを会わせる、というようなことをされていたのでしょうか。
熊辛:そうなんです。脳内の職員室みたいなところに、女の子に来てもらって、私と源吉くんとで三者面談をするような感じでした(笑)。それで「この子ではないのかな?」みたいなことを繰り返していた気がします。その女の子たちも、源吉くんとの恋愛には合わないだけなので、また別の漫画で描こうとは思っているんですが。
――弦乃との面談はどんな感じだったのですか?
熊辛:弦乃ちゃんの時は、面談をすっ飛ばして直感でわかったような気がします。人を寄せ付けない、思春期特有の『大人なんて!』みたいな感じのところがあるこの子と、源吉は合いそうだ!と。なので結構見切り発車だったかもしれませんね。鉄は熱いうちに打て、と。
真っ白な画面に手でメモしながらストーリーを作る
――キャラクターが決まってから、どうストーリーを作っていくのか教えてください。
熊辛:まずは思い浮かんだセリフや、描きたいと思った場面をiPhoneのメモ機能でポチポチ打ちます。夜寝る前が多いですね。その後、一旦今あるものをテーブルに出して整理する感じで、iPadでメモのようなものを手で書きながら、話の流れを作っていきます。

――表にすることもあるのですね。

熊辛:私が好きなYouTuberさんが小説を作る際にこうしている、とおっしゃっているのを見て、真似させていただきました。ただこうしてきちんと整理整頓すると、私の場合はちょっと頭が固くなってしまうというか……私には合ってないのかも?と思いました。それで結局また何もない真っ白の画面に手でメモを書いていく、自由度の高い形式に戻りました。でも一度この表の形式でやってみたことで、起承転結をきちんと考えなきゃいけないんだなとわかったので、やってみてよかったです。
――ソフトは何を使っていますか?
熊辛:主に「メディバンペイント」を使います。手書きのメモやネーム、作画もメディバンですね。受賞した時にいただいた「クリップスタジオ」(クリスタ)はギターなどの素材を使うのにお世話になっています。
――メモの後で、ネームに移るのでしょうか。
熊辛:結構行ったり来たりしますね。今回単行本を出すためにリライトした時は、ネームを最初にかっちり決めて描いたんですが、同人誌の時は、ネームが全部できていなくても作画に進んでいました。描きながら行き詰まったらまたメモに戻って「うーん、どうしよう。でも作画したところは消したくないな……」と思ったりする。かなりひどい進め方をしていましたね。
――でもネームを延々直し続けてしまうよりも、描きたいところから先に描き始めてしまうほうが完成に近づけそうな気がします。編集さん的にはいかがですか?
担当編集:やっぱり完成させて、どんどん次を描くのが一番いいと思うので、まずはそのやり方でいいと思います。熊辛さんはご自分でやり方を試行錯誤されているのがすごいですよね。
リスペクトしていた作家さんたちのすごいところが、具体的にわかるようになった
――源吉と弦乃の同人誌を1冊完成させた後で、この二人のことをもっと描きたい、と次の同人誌を作ったのでしょうか。
熊辛:そうですね。単行本でいうと1話の終わりが同人誌1冊目の終わりなんですが、やっと弦乃ちゃんが自分の殻を破って、ここから始まりそう、というところだと思ったんですよね。変わってからの弦乃ちゃんが見たいな、と思いました。

――ご自分が「見たいな」と思われたんですね。
熊辛:自分が見たいから、またコミティア様に締め切りを作ってもらおう……という感じです(笑)。自分で決めた締め切りだと絶対に破ってしまうので、本当にコミティア様には助けられました。
――次を見たい、次を見たい、と4冊出されたわけですね。
熊辛:4冊を通しての筋を最初に立てていたわけではないので、毎回「さて次はどうしよう?」と考えて作っていました。
――『シルフ創作カップル漫画大賞』にはいつ応募したのですか?
熊辛:『名もない歌を聴かせてよ』の2冊目を応募しました。なので3、4冊目の同人誌は単行本に収められる量をちょっと意識しながら描いていましたね。
――コミティアに出し始めた頃から、漫画家デビューすることも考えていたのですか?
熊辛:全く考えていなかったです! 自分が読めればいい、と思っていたので。
――シルフの編集さんから、最初の同人誌を出した際にお声掛けがあったそうですね。
熊辛:はい。ただその時は、まだ原稿用紙の使い方もわからない私なんぞがデビューしたら、レーベルの名前に傷をつけてしまうのでは……とお断りをして。そうしたら「では漫画賞に応募してみては?」とお誘いをいただいたんです。募集要項に「応募者全員に講評をお返し」と書いてあったので、それはいいなあと思いまして、講評をいただくために送らせていただこう、と。
――賞をもらったことで、これでプロになるんだ!と思いましたか。
熊辛:うーん……言語化が難しいですね。漫画で誰かに何かを伝えるという意味では、プロの漫画家さんたちと同じ場所にいる、ということだと思うのですが……どちらかというと、ほかにも素晴らしい作品がたくさんある中で選んでいただいたのだから、全力で頑張らせていただこうと切り替えた、という感じだと思います。漫画を描いてみたら、今まで漠然とリスペクトしていた作家さんたちのすごいところが具体的にわかるようになったんですよね。みなさん、本当にすごいことを水面下でやっていらっしゃって、でも表面にはその苦労は出しておられないのだなと。リスペクトがより深まって、みなさんに失礼のないように頑張ろうと思いました。
編集さんからのアドバイスで「漫画らしくなった!」と思った
――ご自分の作品で気に入っているのはどんなところですか。
熊辛:物語的にはなくてもいいような、日常の会話とかやりとりが入っているところです。物語のテンポが悪くなるので省いた方がいいと言われてしまいそうなんですが……でも現実の会話に「筋」みたいなものはないので、自分では気に入っています。
――確かに、カラオケボックスのくだりの何気ない2人の会話など、楽しいところが色々ありますね。

熊辛:ありがとうございます! ただ、商業漫画となると、作者が楽しむためだけに描いてはだめだよな、とも思います。同人誌版から単行本にするにあたって、編集さんからもたくさんアドバイスをいただきました。
――どんなアドバイスですか?
熊辛:セリフをもっと短くしてパッとわかりやすいものにするとか、「基本的には1ページに7コマ以上入れないほうが見やすい」とか、どこが過去の話でどこが今かわかりにくくなっているとか、具体的なことをたくさん言っていただいて。それを反映したら、漫画らしくなった!と思う瞬間がありました。確かにプロの方はこんなにたくさんコマを入れていない……とかいろいろな気づきがありました。編集さんは偉大だなと思いましたね。
――編集さんの赤字が入ったネームを見ると、「テンションがちぐはぐかも」という指摘もありますね。

熊辛:ご指摘いただいて、確かに!と思って描き直しました。打ち合せでも、「シリアスなことを描く時に、ギャグっぽいシーンを入れがちですよね」と言ってくださって。シリアスなままだと照れくさくなってギャグっぽいのを入れてしまっていたのかなと。『名もない歌を聴かせてよ』は同人誌をベースにしているので、まだ完全な商業漫画という形ではないと思っているんです。次に最初から商業漫画として作る時には、ざっくりとでも最後まで骨組みを作ろうとか、場面転換は減らしてもっとつなげて描こうとか、だいぶ意識が変わりましたね。
――漫画を描く中で、これだけは絶対にやりたい、と思っていることはどんなことですか。
熊辛:最初に降ってきたセリフは、絶対に書きたいです。例えば、源吉くんが弦ちゃんに言う「ギターをやめんなよ」というセリフとか。

「ギターをやめんなよ」。
熊辛:自分が本当に描きたいことは、曲げずに描いたほうが面白い作品になると思っています。商業漫画を作るなかでも、それがうまく引き立つように作っていけたら自分も楽しいし、読者の方にも刺さるものになるのかなと思います。
キャラクターは「本当に生きている人間」として見ている
――弦乃が初めて源吉に生でギターを演奏して歌を聴いてもらった後のシーンが印象的でした。弦乃が「ネットに上げてるのは何度も録り直したカッコつけた音」で「本当の音は今まで誰にも聴かせたことがなかった」と言っていますね。カッコつけていない、「ダサい音」であっても本当の音を聴かせなければいけないんだな……というのが「創作」全般に通じるように思いました。熊辛さんご自身の創作に対する考えとも近いところがあるのでしょうか。

熊辛:確かに弦ちゃんは、なんとなく自分のマインドに近いなと思うところがあります。私も、完成した、かっこいい漫画しか見せたくない……と思っていたりするので。
――一方で源吉は、その前のシーンで「いつだってこれが今の俺の最高傑作だぜ!って料理を振るまうんだ」と言っていますね。二人の創作に対するスタンスの違いが出ています。

熊辛:源吉は自分のダメなところは認めつつも、今はこれが全力なんだ!と出せる人ですよね。私は「いやあ、ちょっとこれはおそまつなもので……」って出してしまうタイプです(笑)。私と真逆のマインドを持っている人なので、3話を源吉くんの視点で描くのがすごく難しくて。なので、周りにいるポジティブな人に実際に会って話をしました。嫌なことがあっても「ああ、そんなことあったね!」という感じで、いつも今と未来のことを考えていてすごいなあと……思考の構造が違うんですよね。すごくいい風をもらいました。
――そうやって丁寧に作っていくことでキャラクターに説得力が生まれるのですね。ほかにキャラクターを作るうえでしていることがあれば教えてください。
熊辛:「こういう場面で、源ちゃんならこう言うだろうな」と常に妄想はしています(笑)。例えば私が仕事で何かをミスした時に、源ちゃんならこう言う、弦乃ならこんな顔をする、とか。源ちゃんはお家ではこういう食器を使っていて、キッチンはピッカピカで、業務スーパーで食材を買いだめして1週間分の作り置きをする、とか……漫画には描かなくても、キャラクターがどう生活しているかをいつも想像しちゃいますね。寝る時のスウェットは、毎日洗濯している、とか(笑)。
――全部を描かないけれど、わかったうえで描いたり、描かなかったりするんですね。
熊辛:そうですね。それを頭の中に置いておいて、使えるところを引き出しから出して使う、みたいな感じです。「本当に生きている人」として見ています。普段から当たり前のように妄想していますね。弦ちゃんは、両親はお金持ちだけど孤独に暮らしている少女で、いつも広いリビングにポツンと寝そべってスマホをいじっていて……制服とか靴下とかはポイポイ脱いでその辺に置いたままにしている、とか妄想しています。
――かわいらしさも、切なさも感じる絵面が浮かびますね。
熊辛:もし両親がいつも家にいる生活なら、「そんなところに制服を脱がないの!」と叱られると思うんですが、いないので好き放題できてしまう。家事代行さんが入っているので、掃除や洗濯はやってくれていて部屋はきれいだけど満たされない生活を送っている、というイメージです。
――すごく自然にそうしたことを考えているのですね。
熊辛:幼稚園ぐらいの頃から、人に興味があって。「この人今すごい笑顔だけど、家に帰ったら無表情でビールとか飲むのかなあ」とか考えたりしていました。でも初めてお会いした方にどんどん聞くわけにもいかないので、妄想だけする、みたいな感じです。人が好きです。
――人が好きなのはキャラクターづくりで重要な気がします。あまり妄想が広がらないキャラクターもいるのですか?
熊辛:今のところはいないですね。源吉くんのバイト先のイタリアンのお店にいる子たちのことも「どういう生活を送っているんだろう?」と考えています。

作者が好きなものを、遠慮せずに全部ぶつける
――漫画を描いてつらいのはどんな時ですか?
熊辛:コミティアにギリギリで間に合わせるために描いている時です。もうちょっと時間があればここをもっとよくできたのに!という苦しみを毎回味わいます。不完全燃焼のままお出ししなくちゃいけない……というのが一番つらいですね。もっといいものにできたなという悔しさがあります。
――「描けない」苦しみはあまりないのでしょうか。
熊辛:そういうことはあまりなくて……ただ先ほど言ったように、キャラクターを「本当に生きている人間」と考えているので、物語を面白くするためにキャラクターを動かすことができなくて。それで物語があっちこっちに行ってしまうことがあるので、そこは難しいなと感じます。
――お話をうかがっていると、源吉も弦乃も、源吉のバイト先の女の子も、最初の漫画の主人公である源吉の友だちも同じ世界の中で生きているように見えます。その世界を見渡して「じゃあ今度はこの子を描こう」とマンガにしている感じでしょうか?
熊辛:そうですね。今泣いている人もいれば喜んでいる人もいる、いろんな感情の人がいる世の中を描いているように思います。最初はモブとして描いていても、描いたら「人間」に見えてきて、やっぱり物語があるだろうな、と思うようになるんです。
――今後、どういうものを描いていきたいですか?
熊辛:やっぱり……キャラクターの人生が描きたいです。最初はその気持ちが強く出すぎてストーリーがチグハグだったと思うのですが、今後はそこを洗練させていって、キャラクターを見せる漫画を描いていけたらと思います。
――この賞に応募しよう、漫画を描いてみようと思っている方たちにエールをいただけますか。
熊辛:私の立場でおこがましいとは思うのですが……やっぱり作者が好きなものを遠慮せずに全部ぶつけたものが、読む人も心打たれる作品になると思うので、好きなものを曲げずに描くことが大切だと思います。自分にも言い聞かせていることなんです。高校生と大学生のカップルのお話は、世の中に素晴らしいものが山ほどありますが、そこを見て萎縮するのではなくて、好きだったら描いてみよう、と。もちろん怖さもあるんですが……似た設定でも、その人にしか描けないものが絶対にあるので、自分の好きなものを信じて描いていただきたいなと思います。
